子どもの頃の「将来の夢」、実現している人ってどれだけいるの?
「夢」「やりたいこと」の“非”生産性
「夢追い人」の現実
こうした若者たちは、実は、これまでのフリーター研究の文脈に当てはめると、「夢追い」型フリーターと名づけられた層とピタリと重なる(小杉礼子編『自由の代償/フリーター』日本労働研究機構、2002年、を参照。タイトルからして、怖い本ではあるが)。要するに、夢の職業を追い求めているがゆえに、現在はフリーターの状態にとどまることを選択している若者たちである。
彼らの「夢」は、もちろん今後、実現していくかもしれない。しかし、研究の結果として判明していることを言えば、「夢追い」のためにフリーターである期間を長引かせれば長引かせるほど、その後の正社員への転換は難しくなるという現実もある。
このように、「夢」には個人の可能性の選択肢を狭めてしまうという力がある。いつの時点まで「夢」を追いかけるのか。それがかなわなかった場合、いつの時点で踏ん切りをつければよいのか。これについて、誰も「正解」を言うことはできない。それなのに「夢」「やりたいこと」を持つよう働きかける社会というのは、生産的であるとばかりは言えない、いや、案外、目立たないところで非生産性を増殖し続ける社会なのではあるまいか。